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写真3.日本海裂頭条虫の成虫。

(写真提供者:浦和茂彦(1)、粟倉輝彦(2,3))

写真1.サクラマスの筋肉にみられたプレロセルコイド幼虫。.

写真2.魚体から取り出した幼虫。

寄生虫名 Diphyllobothrium nihonkaiense(日本海裂頭条虫)
分類学 扁形動物門、条虫綱、擬葉目
宿主名 サクラマス(Oncorhynchus masou masou)、サケ(Oncorhynchus keta)、ベニザケ(Oncorhynchus nerka)、カラフトマス(Oncorhynchus gorbuscha
寄生部位 体側筋肉
肉眼所見 外観的な異常は見られない。解剖すると、体側筋肉内に白色で1-2 cmの虫体が見られる(写真1)。
寄生虫学 魚類は第二中間宿主であり、寄生しているのは幼虫(プレロセルコイド)である。幼虫の大きさは1-2 cm程度で白色(写真2)。第一中間宿主は淡水のケンミジンコ類で、終宿主は人を含む陸上ほ乳類ならびに海獣類とされている。しかし、粟倉ら(1985)による日本の河川ならびに日本近海のサクラマスへの本虫の寄生状況の調査では、サクラマスへの感染は河川ではなく海洋で起きていることを示唆する結果が得られており、淡水種のケンミジンコ類が第一中間宿主であるとされることと矛盾する。このように、本虫の生活環の詳細は、未だ明らかになっていない。本虫は従来、欧米に分布するDiphyllobothrium latum(広節裂頭条虫)と同種と考えられていたが、形態観察ならびに遺伝子解析により現在では別種であることが明らかになっている(Yamane et al., 1986, Nakao et al., 2007)。
病理学 魚類に対する影響はほとんど無いと考えられる。
人体に対する影響 ヒトに寄生して裂頭条虫症の原因となる。そのため、本虫が寄生しうる魚を生食する際は注意が必要である。虫体は加熱処理や-18℃で48時間以上冷凍することにより死滅する。ヒトの小腸内で長さ10 mに達するまで成長する(写真3)ものの、一般に症状は軽い。主な症状は、下痢、腹痛である。しかし、近縁種のD. latumの場合は、ビタミンB12欠乏性貧血の原因となる場合もある(Nyberg et al., 1961)。本虫による感染は、プラジカンテルなどの駆虫薬を服用することで治療できる。
診断法 寄生部位である体側筋肉を厚さ数cmに薄切して光に透かすことにより虫体を見つけることができる。しかし、近縁種であるD. latum等の幼虫と本種を形態に基づいて識別することは容易ではない。そのため、近年解析が進んでいるミトコンドリアのゲノム情報(Nakao et al., 2007)を利用した分子生物学的診断法の開発が期待される。
その他の情報 本虫はサナダムシとも呼ばれるが、この呼称は条虫科や裂頭条虫科の条虫の総称である。本虫が寄生しているとアトピーや花粉症といったアレルギー疾患が抑えられるという説がある(藤田, 1994, 1999)。また、ダイエットのために世界的に有名なオペラ歌手マリア・カラスが自ら感染したという話もあるが、真偽の程は確かではない。たとえ真実だとしても、本種ではなくヨーロッパに分布するD. latumであると考えられる。いずれにせよ、不用意に試みることは慎むべきである。
参考文献 粟倉輝彦・坂口清次・原 武史 (1985): サクラマスの寄生虫に関する研究- VIII 広節裂頭条虫プレロセルコイドの寄生状況. 北海道立水産孵化場研報, 40, 57-67.

藤田紘一郎 (1994): 笑うカイチュウ 寄生虫博士奮闘記. 講談社, pp. 206.

藤田紘一郎 (1999): 寄生虫学はおもしろい. 羊土社, pp. 105.

Nakao, M., D. Abmed, H. Yamasaki and A. Ito (2007):Mitochondrial genomes of human broad tapeworms Diphyllobothrium latum and Diphyllobothrium nihonkaiense (Cestoda: Diphyllobothriidae). Parasitol. Res., 101, 233-236.

Nyberg, W., R. Grasbeck, M. Saarni and B. Von Bonsdorff (1961): Serum vitamin B12 levels and incidence of tapeworm anemia in a population heavily infected with Diphyllobothrium latum. Am. J. Clin. Nutr., 9, 606-612.

Yamane, Y., H. Kamo, G. Bylund and B. J. Wikgren (1986) Diphyllobothrium nihonkaiense sp. nov. (Cestoda: Diphyllobothriidae)- revised identification of Japanese broad tapeworms. Shimane J. Med. Sci., 10, 29-48.